中国語を勉強しながら不思議に思うことの一つは、なぜこの語にこの言葉を使うのだろうという場合です。日本人は意味を理解した上で漢字を使うのでとりわけそう感じるかもしれません。
今回は、中国語で夫が妻を老婆と呼ぶのはなぜか調べてみましょう。
中国語で妻を老婆というのはなぜ?
目次
昔の呼び方はいろいろ
夫が妻を呼ぶ呼び方にはいくつかの言葉がある中で「老婆」(lǎopo)は一般的によく用いられています。ご存知のように、夫は妻が若くても「老婆」と呼びかけます。
「老婆」は中国でも昔は高齢の女性を指して用いられていました。
また男性の地位によって妻を呼ぶ言葉はそれぞれ異なっていました。例えば、皇帝は妻を「梓童」(zǐtóng)、宰相は「夫人」(fūrén)と呼んでいたのです。
北宋時代の貴族「王诜」(Wáng Shēn)の詩の一節に「ずっと家事一切をつかさどっている妻」を「老婆」と表現しているくだりがあるのがきっかけで、それ以来自分の妻を「老婆」と呼ぶようになったと言われています。
セットの呼び方が始まったのは唐時代から
妻を「老婆」、夫を「老公」(lǎogōng)とセットで呼ぶ呼び方には「相濡以沫」(xiāng rú yǐ mò)「困難に面しても互いに力を合わせて助け合い」、「恩爱长久」(ēn’ài chángjiǔ)「夫婦仲睦まじくいつまでも」の意味が含まれています。
それには唐時代のある夫婦の物語が関わっています。
貧しい家の生まれの「麦爱新」(Mài Àixīn)という名の男性がおりました。貧しさから抜け出すために、何とか科挙に合格しようと日夜励んでおりました。
彼には気立てがよく、しっかり家事を切り盛りしてくれる賢い妻がおり、そうした困難な日々をずっと支えてくれていました。
科挙の合格に浮かれて若い嫁が欲しくなった夫
のちに、努力の甲斐あって麦爱新はかなりいい成績で科挙に合格できました。とたんにこれまでの貧しさとは打って変わって生活が変化し始めました。
豊かさは人の心も変えていくものです。麦爱新も何か自分がひとかどの人物になったような気がしたのでしょう。
しかも当時の封建社会では「男子可以三妻四妾」(nánzǐ kěyǐ sān qī sì qiè 男は妻や妾の三、四人くらいはいても構わない)と言われていましたから、あながち彼だけが悪いわけでもありません。
でも、落ち着いて長年連れ添っている妻を見ると、年と共に美しさに陰りが出始め、老いてきているのは否めません。麦爱新は「そうだ!もっと若くてきれいな新しいお嫁さんをもらおう!」と考え始めたのです。
妻の見事な対句の答えに脱帽
さすがに直接それを口にするのははばかられ、麦爱新はその考えを対句の上の句としてしたためました。
Hé bài lián cán,luò yè guī gēn chéng lǎo ǒu。
荷 败 莲 残,落 叶 归 根 成 老 藕。
ハスの花が枯れ、葉が落ちると根は大きなレンコンになっていく。
それを見せられた妻は一瞬で夫の心を知りました。妻の心に複雑な感情が沸き上がります。悲しみ、怒り、落胆、失意、口惜しさ…「夫と家族が一番大変な時期をずっと支えてきたのは私なのに」
ところが、妻は取り乱すことなく筆を取り、さらさらとこれに対応する対句をしたためました。
Hé huáng dào shú,chū kāng jiàn mǐ xiàn xīn liáng。
禾 黄 稻 熟,吹 糠 见 米 现 新 粮。
稲が黄色く熟したなら、糠を吹き飛ばせば中から新米が現れる。
「あなたがそうなさりたいなら、どうぞお心のままに」妻は自分を玄米の籾や糠に例え、風で吹き飛ばせば精米された白い米、つまり若く新しい妻を得られると返したのです。
瞬時に自分の対句の意図を悟り「荷莲」(hélián)に対して「禾稻」(hédào)、「老藕」(lǎo ǒu)に対して「新粮」(xīn liáng)を使って絶妙な返しの句をしたためた妻の文才と度量の広さに麦爱新は衝撃を受けました。
そして妻の変わらぬ愛に感動し、深く反省したのでした。
世間に広まった二つ目の対句
反省して考えを改め、自分への情を思い出してくれた夫を見て妻は別の対句を書きました。
Lǎogōng shífēn gōngdào。
「老公 十分 公道 。
夫はとても正義感があるわ。
それを見て夫も返しの句をしたためました。
Lǎopo yípiàn póxīn。
老婆 一片 婆心。
妻は思いやりにあふれている。
この話は、夫婦に対する大変教訓的なエピソードだと世間に広まりました。そして夫婦間で互いを「老公」「老婆」と呼び合う習慣が生まれたのでした。
中国各地の呼び方の違い
「老婆」以外によく耳にする妻を表す語には「太太」(tàitai)や「爱人」(àiren)、「老伴儿」(lǎobànr)、「亲爱的」(qīn’ài de)などがありますね。
妻にぞっこんな夫が「心肝儿」(xīngānr)や「宝贝儿」 (bǎobèir)と呼んでいる場合もあります。
これら以外に、地方によって様々な呼び方があります。例えば北方では「媳妇儿」(xífur)と呼びますが、普通話で「媳妇儿」は息子の嫁を表す語なので不思議な感じがしますね。
湖北省江漢地区では「姑娘」(gūniáng)、重慶や四川では「婆娘」(póniáng)、山西省では「屋里的」(wūlǐ de)などです。
まとめ
中国にはほかにもたくさんの呼び方があります。中国人の友人に地元での妻の呼び方を聞いてみるのも面白いですね。