中国の食べ放題文化:美味しさとリスクの両面

    1. 中国歴史・民族

    中国文化は食べることをとても重視します。よく友人や家族と集まっては、あふれんばかりの料理を並べ食事を楽しみます。

    ところがこの「食べること」についての中国人の認識が社会問題を引き起こし、新しい法律が制定されるまでになりました。

    中国の食べ放題文化:美味しさとリスクの両面

    中国に浸透する「食べ放題」

    様々な種類の料理を好きなだけ食べられるバイキング形式の料理店は中国でも大人気です。

    食べ放題は「自助餐」(zì zhù cān)といいます。

    繁華街やショッピングモールでは「火锅自助餐」(huǒ guō zì zhù cān;寄せ鍋バイキング)、「巴西烤肉自助餐」(bā xī kǎo ròu zì zhù cān;ブラジル風焼き肉バイキング)、「日式自助餐」(rì shì zì zhù cān;日本料理バイキング)などの看板を至る所で目にします。

    Webやアプリで検索すると、店内風景や提供メニューの写真を掲載している色々なジャンルの食べ放題の店を探す事ができます。

    事前に「团购」(tuán gòu;共同購入)すれば、通常一人当たり78元のランチバイキングを10元割り引いた68元で提供する、といったサービスを利用する人も少なくありません。

    こうした食べ放題レストランの浸透もあり、中国では割と安価に食べたいものを好きなだけ食べられるようになっています。

    食べ残しと社会問題

    中国のレストランに貼ってある「標語」

    実際にお店に行ってみましょう。お店には昼前からお客の行列ができています。中に入ってみると料理がずらっと並べられたテーブルの上、さらには各テーブルにこんな標語があります。

    lì xíng jié yuē

    厉行节约

    節約を励行しましょう

    wēn xīn tí shì:qín ná shǎo qǔ,qǐng wù làng fèi

    温馨 提示:勤拿少取,请勿浪费

    少しずつお取りになり、浪費されないようお勧めします。

    店によっては「お勘定の際、皿に〇〇g以上の料理が残っていれば〇〇元の罰金です」と書いてある場合もあります。食べ物を無駄にしないで大事にする心構えが伝わってきますね。

    こうした標語やフレーズは中国国内の飲食店で多く目にします。なぜ中国ではそこまで食べ物を無駄にしことを強調するのでしょうか?その理由は、中国で残飯廃棄が社会問題となっていることと関係しています。

    「光盘行动」の提唱

    中国では2012年に国家粮食局が浪費を戒めるようになり、2013年に「光盘行动」(guāng pán xíng dòng)が提唱されるようになりました。「光盘行动」とは、食事を残さないようにする運動のことです。

    2020年には習国家主席が国民に浪費を戒めて節約を促したことで、この運動は再び注目を浴びるようになりました。翌2021年には《中華人民共和国反食品浪費法》が施行されるようになり、飲食店側が過剰な量の食べ残しをした客に対して、食べ残した分の処分費用を請求できるようになりました。

    中国では、食べ残しによる浪費を防ぐため国を挙げて取り組んでおり、そのための法律までもが制定されているのです。

    「光盘」と呼ぶ理由

    一般的には中国語で「光盘」という文字は「レーザーディスクやCD-ROM」の意味があります。しかし、この「光盘行动」という言葉には全く別の意味があります。

    中国語の「」には数多くの意味がありますが、その一つに「…してすっかりなくなる、…し果たす、…し尽くす、すっかり…する」という意味があります。

    qián dōu huā guāng le 

    钱都花光了。

    お金を使い果たした。

    光盘」の「」はこの意味です。「」には「皿」の意味があるので、「光盘」で「皿を空にするという意味になります。

    中国の食事文化

    光盘行动の提唱の背景

    なぜこのような運動が始まるようになったのでしょうか?その背景には中国の文化と歴史が深く関係しています。中国語学習であれば、この理由を知っておくとても役立ちますので、是非理解しておくようにしましょう。

    食を重視する文化

    まず一つ目に、中国の文化が「食べること」をとても重視するということです。

    中国語学習者であるなら、中国語の挨拶に「吃饭了吗?」(chī fàn le ma;ご飯食べた?)という表現があることをご存じだと思います。日本人の感覚からするととても不思議な表現なのですが、この挨拶の表現方法には中国の歴史が深く関係しています。

    食を重視するようになった背景

    「王朝の歴史」とも呼ばれる中国では、現代に至るまでにたくさんの王朝が登場してきました。中国の土地は日本の26倍にも及ぶ広大さで、領土をめぐって多民族が何度も王朝を奪い合い、戦争を繰り返してきました。

    これまでに中国でどれほどの王朝が存在してきたのかは、下記の記事で取り上げていますのでご参照ください。

    繰り返される戦争によって、庶民は生きていくための食糧を得ることが困難な生活を強いられることになりました。

    そんな時代においては、食事をしっかりとれることは何よりも幸せなことです。食事をとれたかを問うことで、相手が無事であること、元気でいることを確認していたのです。その歴史的背景によって、「ご飯食べた?」と声をかけることが習慣となりました。

    現在でも中国では食事を非常に重要します。日本では「お昼の時間だけれど、終わらせるまで仕事をやってしまおう」と仕事が優先になりがちです。

    しかし中国では基本的に仕事よりもまず食事、「先に食べてから仕事を片付けよう」という考え方で、仕事を優先して食事の時間が取れなくなることはほとんどありません。しっかりと食事を済ませて力を得てから仕事に取り掛かります。

    こうした食事優先の考え方や「ご飯食べた?」と食事にまつわる挨拶が普通に交わされていることからも、中国の文化は食事をとても大切にしていることがよくわかります。

    面子を重視する文化

    もう一つの理由は、中国文化でとても重視される「面子」(miàn zi)です。意味は日本語の「面子」(メンツ)と同じです。

    中国では外食すると、もてなされた人が注文したものを食べ尽くすと、もてなした側が相手を満足させていないと解釈されます。そのため、もてなされた側は料理を残すことがマナーで、もてなす側は食べ切れないほど注文するという風潮があります。

    そうした背景もあり、中国には人をもてなすときには、客人が食べ切れないほどの料理を並べて歓迎の意を表すのです。

    もし準備した料理では足りないようなことがあれば、ホスト側である主人はケチな人ということになり、中国人が一番嫌う「没面子」(méi miàn zi;面子を失う)結果となってしまいます。

    客人が食べ切れないほどの料理を卓上に並べ、お腹いっぱいにもてなす事ができて初めてその接待が成功となり、もてなした側の面子も保たれます。

    日本のように「割り勘」が一般的ではない中国では、仲間内の食事でも持ち回りで誰か一人の奢りとなる場合が多く、「ケチらずにもてなさないと面子が保てない」という心理が働きます。

    こうした要因もあり、余ることが前提でいくつもの料理が卓上に並ぶようになります。中国では「食事が余る=面子を保つ」ということなのです。

    中国の食糧廃棄

    余った料理が廃棄される要因

    中国では余った料理をすぐに廃棄するわけではありません。自宅への招待であれば、余った料理は翌日に残しておき、もてなした側が食べることができます。レストラン等の外食の場合でも、余った料理を「打包」(dǎ bāo;テイクアウト)して持ち帰る事もできます。

    しかしこうした工夫をせず、余った料理をそのまま廃棄されることが多くなってしまいました。

    その理由の一つとして、中国の経済成長が挙げられます。物質的に豊かになり余裕のある食生活を送れるようになるようになると、あえて余った料理を持ち帰って、冷めて美味しくなくなったものを食べようとは思わなくなってしまったのです。

    中国では作ってから一晩経った料理を「隔夜菜」(gé yè cài)といい、食べるべきではないとされています。電子レンジなどで再加熱する際に、発がん性物質を生成する亜硝酸塩が増加するからという主張です。

    世代や個人の考え方にもよっても異なりますが、中国では「隔夜菜」は体に悪いという考え方が一般的で、食べ切れなかった野菜の料理は処分するべきだと考える人も多くいます。

    中国では取り箸「公筷」(gōng kuài)を使わない人も多く、他の人が箸をつけた料理は持ち帰りたくないという衛生面の理由もあります。

    こうした背景もあり、中国では昔と違って残った料理を後で食べるということが少なくなりました。

    食べ放題のレストランにおける食べ残しの問題

    食べ放題をコンセプトとしているレストランでは、食べ残しの問題が顕著になっています。

    ある日本人が北京の食べ放題の日本料理店に行った時に、次のような経験をしました。

    10人ほどのグループでやって来た一人一人が、自分の食べる分を取るのではなく、ある皿には天ぷらを、別の皿にはお寿司を、さらに別の皿には空揚げを山盛りにして、次から次へとテーブルに並べていくのです。

    当然すべてを食べ切れるわけではなく、とても多くの料理が残ってしまいました。

    消費者側も多くの料理を残してしまうのはもったいないとわかっているのですが、それでも食べ放題に行くとついつい取りすぎてしまうようです。

    もう一つの問題は食べ過ぎ、飲み過ぎです。食べ放題の料金の元を取ることを「吃回本」(chī huí běn)といいます。元を取ろうとして食べ過ぎてしまい、中には病院へ運ばれる人も少なくありません。結果的に高い治療費を払うことになり、元を取るどころか損をしてしまうのです。

    专挑贵的吃」(zhuān tiāo guì de chī)、つまり原価の高い食材ばかりを選んで、元を取ろうとするお客もいます。焼き肉バイキングの場合、原価の高い部位の肉やエビ・ホタテなどの海鮮食材に狙いを定め、店員が補充したとたんにそのすべてを自分たちのグループ用に持って行ってしまうのです。

    食べ放題のレストランだと「元を取りたい」という心理がはたらき、こうした極端な行動に出る人が出てきます。その結果、大量の料理が浪費されてしまうのです。

    中国の食糧の廃棄量

    中国ではどれほどの量の食糧が浪費されているのでしょうか?中国のウェブサイト「百度百科」で「光盘行动」というワードで検索したところ、次のように説明されていました。

    diào chá jié guǒ xiǎn shì,

    调查结果显示,

    調査結果によると、

    zhōng guó xiāo fèi zhě měi nián jǐn cān yǐn làng fèi de shí wù dàn bái hé zhī fáng jiù fēn bié dá bā bǎi wàn dùn hé sān bǎi wàn dùn, 

    中国消费者每年仅餐饮浪费的食物蛋白和脂肪就分别达800万吨和300万吨,

    中国の消費者は毎年食物だけで800万トンの食品タンパク質と300万トンの脂肪を無駄にし、

    zuì shǎo dào diào le yuē liǎng yì rén yī nián de kǒu liáng 

    最少倒掉了约2亿人一年的口粮。 

    少なくとも2億人の年間食糧を廃棄している。

    「2億人の一年間の食糧」というのは本当に膨大な量ですね。国を挙げて「光盘行动」を推し進める理由も理解できます。

    食べ残しの禁止

    光盘行动の効果

    このようにして提唱されるようになった「光盘行动」ですが、その影響はどれほど強いものなのでしょうか?

    光盘行动」は2013年に提唱されましたが、理想的な効果は得られませんでした。上に挙げたように、食べ物を残すということには中国の文化に基づく様々な要因が関係しているからです。

    そのため、2020年に再度「光盘行动」が強調されるようになります。これを「第二次光盘行动 」と呼ぶ人もいます。2021年に食べ物を無駄にすることを取り締まる法律が制定され、食べ物を無駄にする行為に規制がかかるようになりました。

    その後の中国では、SNS上で視聴者が配信者に払う「投げ銭」を目当てに大量に飲み食いする動画の投稿が過熱しましたが、こちらも当局が規制に乗り出したこともあり、大食いの番組や配信にもストップがかけられています。

    こうした呼びかけや法規制がどの程度効果を奏するかは、時間をかけて観察することが必要です。注目したいのは、今後「光盘行动」が中国特有の文化に大きな影響を与える可能性があるということです。

    「料理を頼みすぎる、作りすぎる」のは食を重視する中国文化に起因しています。もし中国のほとんどの人が「料理を頼み過ぎない、作りすぎない」ようになったとすれば、それは中国の伝統的な考え方が変化したことを意味します。

    まとめ

    今回は中国における「食べること、食べ放題」について紹介しました。今回取り上げた中国の社会問題や法規制には、長い歴史を通じて形成されてきた「食を重視する」中国の文化が強く影響しています。

    それだけに、今後「光盘行动」に代表される呼びかけや規制が、中国文化にどのような影響を与えていくのか目が離せないですね。

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