日本は四季の変化がはっきりしている国として非常に有名ですが、中国の方たちも季節の変化に関してはとても敏感です。
中国では、柳の木が春の訪れを告げる象徴とみなされています。今回は、柳の木が中国文化と中国語に与えた影響について紹介します。
中国の春の風物詩:柳の綿毛の魅力
目次
中国と日本を代表する木
中国には、四季を代表する木があるといわれています。
chūn tiān shì liǔ shù, xià tiān shì bái yáng shù, qiū tiān shì fēng shù, dōng tiān shì sōng shù
春天是柳树,夏天是白杨树,秋天是枫树,冬天是松树
春は柳の木、夏はギンドロの木、秋はカエデの木、冬は松の木
では、日本では四季を代表する木としてどんなものが受け入れられているのでしょうか?
- 春:桜(サクラ)、椿(ツバキ)、
- 夏:夏椿(ナツツバキ) 、榎(エノキ)
- 秋:銀杏(イチョウ)、紅葉(モミジ)、楸(ヒサギ)
- 冬:柊(ヒイラギ)
明確に決められているわけではありませんが、ネットなどで検索するとこれらの木が紹介されています。
日本と中国では、気候や風土なども異なるせいか、四季を代表する木も異なっています。日本で春の木といえばやはり桜の木でしょう。しかし、中国で桜は春を表す木としては受け入れられていません。
中国の春の風物詩
中国では柳の木が春の訪れを伝える木として受け入れられています。寒く長かった冬が終わり、ようやく春になると、様々な花が咲き始めます。中国の唐の時代、杜審言という詩人が詠んだ詩の一句に、このようなものがあります。
méi liǔ dù jiāng chūn
梅柳渡江春
梅の花、柳の新芽は揚子江を渡り、しだいに北へと移って来て、あたりは春の景色となる
このように、柳の木と春の訪れが密接に結び付けられています。中国では春を語る上で柳の木は欠かすことのできないものであることが見て取れます。
春の風物詩・柳の綿毛
桃にレンギョウ、ユキヤナギ…。そして花が終わると、白い綿毛が町中をふわふわと飛び始めるのです。これがいわゆる柳の花です。
中国で生活していると気づかされることなのですが、春の時期になるとこの白い綿毛がいろんなところで飛び交っています。
中国文学と柳の綿毛
この白い綿毛を「柳絮」(liǔ xù)といいます。これは正確には柳の花ではなく、柳の種子と種子の周りに生えた綿毛の事です。柳の木の事は「柳树」(liǔ shù)といいますが、多くの中国人は「杨柳」(yáng liǔ)とも呼びます。
日本人にもなじみ深い、長く枝垂れた枝は古来より文人たちの創作意欲を高めてきたようで、多くの文学作品に「柳絮」や「杨柳」が登場します。
zài zhōng guó de wén xué shàng,hǎo duō rén bǎ yáng hé liǔ hùn zài yìqǐ,
在 中 国 的 文 学 上,好 多 人 把 杨 和 柳 混 在 一 起,
中国文学において多くの人が楊と柳を混同しており、
jiào zuò yáng liǔ,shī rén men bǎ yáng hé liǔ tóng chūn guāng xiāng lián,
叫 做 杨 柳,诗 人 们 把 杨 和 柳 同 春 光 相 联,
楊柳と呼んでいる。詩人たちは楊や柳を春の日差しに関連付けているが、
dàn tā men bǐ xià de yáng liǔ,shí jì shang shuō de dōu shì liǔ。
但 他 们 笔 下 的 杨 柳,实 际 上 说 的 都 是 柳。
彼らが書いた楊柳は実際のところ柳の木なのである。
【「柳絮」の意味】
「柳絮」が「ふわふわと風に流されるままに飛んでいくさま」から、この言葉には「移り気である事」「情が定まらないこと」という意味があるとされており、詩的表現でよく用いられています。
【「杨柳」について】
さてこの「杨柳」という語、「杨」と「柳」いう字を連結して表記しますが、「杨树」(yáng shù)と「柳树」(liǔ shù)の二つを指しているわけではありません。とりわけ古代中国の文学上で「杨柳」は、あくまでも枝垂れ柳を表わしています。
柳の花は単性で、雄花と雌花がありますが、それぞれに蜜腺があり、虫を引き寄せて花粉を受粉させる虫媒花です。
柳の木とポプラの木の違い
それに対して「杨树」とはいわゆるポプラの木の事です。じつはポプラもヤナギ科ハコヤナギ属で、同じ季節に柳の木とよく似た白い綿毛を飛ばします。
ポプラの花は柳の花とたいへんよく似ていますが蜜腺がないため、風の力を借りて受粉させるしかない風媒花です。
中国の植林政策と柳の綿毛
1990年代以降、中国では国家戦略として生育の速い「杨树」を各地に植林してきました。12年ほどで伐採して加工できるので、植林してから短期で収益を上げることのできる木として注目されたのです。
直径の大きな木はベニヤ板や家具に加工し、直径の小さな木は造紙・マッチ等にします。そのため、長江流域や黄河流域を中心とした各地で「杨树」の林や並木道をよく見かけます。
「杨树」の並木道を見ると故郷を思い出すという大学生もいます。現在、春に見かける「柳絮」は、「柳树」の花ではなく、「杨树」の花である場合が多い街もある事でしょう。
柳の綿毛とアレルギー問題
「柳絮」は大変軽く、最盛期には町中を真っ白にしてしまうほど飛ぶこともあります。それが地面に落ちて積もると、まるで雪が降ったかのように見えます。
雨が降ると一度は濡れて地面に落ちるのですが、乾くとまたふわふわと飛び始め、それが埃などと混じると強烈なアレルギーを引き起こす原因にもなっています。
私自身も、春の時期に自転車や電動バイクで移動すると、この「柳絮」が目や鼻に入ったりするので、大変困ってしまったという経験があります。
sì yuè zhōng xún zuǒ yòu,yáng liǔ xù màn tiān fēi wǔ,
四 月 中 旬 左 右,杨 柳 絮 漫 天 飞 舞,
4月中旬ごろになると、柳の綿毛が空一面を飛びます。
wài chū wǎng wǎng huì bèi liǔ xù tuán tuán bāo wéi,yī fu shàng、liǎn shàng 、bāo shàng,
外 出 往 往 会 被 柳 絮 团 团 包 围,衣 服 上、脸 上、包 上,
外へ出ると、ややもすれば服の上、顔の上、カバンの上まで綿毛にとり囲まれるかのようで、
lián jié máo shàng dōu shì bái māng māng de yí piàn。
连 睫 毛 上 都 是 白 茫 茫 的 一 片。
まつ毛の上さえ、まさに一面が真っ白になるほどです。
guò mǐn tǐ zhì de rén jiē chù huò xī rù liǔ xù、yáng xù、huā fěn děng wù zhì hòu,
过 敏 体 质 的 人 接 触 或 吸 入 柳 絮、杨 絮、花 粉 等 物 质 后,
アレルギー体質の人が柳の綿毛やポプラの綿毛、花粉などの物質に触れたり、それらを吸い込んでしまったりすると、
róng yì yǐn qǐ liú bítì、dǎ pēn tì、hū xī jí cù děng zhèng zhuàng。
容 易 引 起 流 鼻 涕、打 喷 嚏、呼 吸 急 促 等 症 状。
鼻水やくしゃみ、呼吸が荒くなるなどの症状を容易に惹き起こす場合があります。
今の所、外出時はメガネをかけ、マスクをするくらいしか綿毛を防ぐ方法がありません。
日本との共通点
花粉症の問題
春先に樹木によってアレルギーが引き起こされる現象、日本でも非常によく似たものがありますね。スギなどの花粉によって引き起こされる花粉症です。
日本の森林全体の中で、杉が占める割合は約2割といわれています。そう考えると本当に多いですね。なぜこんなに多いのでしょう?「スギ」の木は、まっすぐきれいに伸び、加工しやすいと言う特徴があるため、木材としてとても使い勝手が良かったのです。
日本では江戸時代から杉の木の植林がされていたといわれています。その後、明治時代や戦争の期間も使い勝手の良い杉の木はどんどん植えられていきました。
しかしその後、海外から安い木材が輸入されるようになると、国内の杉を木材として活用する機会が少なくなり、結果として日本国内に大量の杉の木が残るようになりました。そのため、現代の日本人の多くの人は花粉症に悩まされています。
私も中国に行った当初は、中国には花粉症がないと思って安心していたのですが、中国の「柳絮」も負けず劣らず大量に飛び散っています。古代からこれほど文化人たちの叙情をそそった綿毛なのに、現代人からは少し厄介者扱いされているのはなんとも残念な感じがします。
「柳」にしても「スギ」にしても、それ自体に問題があるわけではなく、後先考えずむやみに植林していったことに問題があるわけです。
「人为」の表現方法
中国語では、こうした人為的な要素によって引き起こされた問題のことを「人为」(rén wéi)と呼びます。日本語で言う「人為的」という表現と非常に近いものがあります。例えば下記のような用い方があります。
rén wéi de kùn nán
人为的困难
人為的困難
rén wéi de jǐn zhāng
人为的紧张
人為的緊張
今でも深く愛される柳
とはいえ柳の木が多くの中国の方たちに愛されている事に変わりはありません。そのことは中国語が証明しています。
中国語には「柳」の漢字を用いた言葉がたくさんあります。こうした言葉に注目していくと、中国の人たちがいかにこの木を愛しているかということがよくわかります。
「柳」の漢字を用いた苗字
まず中国には「柳」という漢字の苗字が存在しています。中国人が使用している苗字の中で133番目に多いといわれています。そして、苗字が「柳」の人口は約143万人余りといわれています。
そう言われてもあまりピンとこないと思いますので、比較してみましょう。調べたところ、滋賀県の人口は約141万人ということなので、「柳」と言う名字の人だけでも滋賀県の人口よりも多いということになります。
「柳」と言う漢字は、樹木としてだけではなく、中国人の苗字としても非常によく知られているのです。
「柳」の漢字に込められている意味
また「柳」という漢字には、様々な意味が込められています。
別れを惜しむ意味
別れを惜しむ言葉としての用いられ方としてよく用いられます。中国語では、親しく思っている人との別れを惜しむがゆえに相手を引き止めることを「挽留」( wǎn liú)といいます。こうしたやるせない気持ちを「柳」の漢字で表現することができます。
人を懐かしく思う気持ち
この漢字は別れを表すだけではなく、相思相愛の関係を表すときに用いられます。
その理由として「柳丝」( liǔ sī ;シダレヤナギの枝)の「丝」( sī )と、相思という意味の「相思」(xiāng sī)の「思」(sī)の発音が同じであること。また「柳絮」の「絮」と、気持ちの意味を持つ「思绪」(sī xù)の「绪」(xù)の発音が同じであることから関連付けされています。
恋人同士にも用いることができますし、家族や友人などの親しい人との間でも使えます。親しくしている人と長い間会えていない時に、懐かしく思う気持ちをこの漢字で表現することができるのです。
女性の美しさを表す表現
柳の枝はとても柔らかく、柳が風に揺れる姿は優雅で魅力的です。そのことから、さまざまなスタイルの美しい女性を形容するときにも用いられます。
望郷の念
昔の中国の人は家の中庭によく柳の木を植えました。そのため柳の木が故郷の象徴として、故郷への憧れや、愛着を言い表すときに用いられるようになりました。
愛の象徴
柳の木は生命力に満ち溢れていてよく成長します。その葉の青々しさと柔らかい枝は、いつまでも続く愛情を暗示するといわれているため、美しく純粋な愛を表現するときに用いられます。
このように「柳」という漢字には、人間の情感を表す様々な意味が込められており、中国語の書き言葉においてこの漢字は非常に多く用いられています。
「柳」の漢字を用いた成語
漢字言語である中国語にはたくさんの成語が存在していますが、「柳」の漢字を用いた成語もたくさんあります。
liǔ àn huā míng
柳暗花明
どうにもこうにもならない時にぱっと解決の方法が見つかる
じつはこの言葉は、日本語の四字熟語でもあります。日本語の意味においては、上に上げた意味の他にも「春の野が花や緑に満ちて、美しい景色にあふれること」という概念を含みます。
日本語でも、中国語でも使えるようにしておくと表現の幅が広がりますね。
まとめ
今回は中国における柳の木の存在について、そして「柳」という漢字の用いられ方について紹介しました。
柳の木は中国の人にとってなくてはならない大切なもので、中国の文化に多くの影響を与えています。「柳」の漢字に含まれている意味は非常に深く、中国語を語る上でもとても大きな意義があります。
今後の中国語の学習において「柳」という漢字がどのように用いられているかに注目していくと、きっとより楽しく学べると思います。そして、柳の木を見かけたら、是非この木が中国文化に与えた影響について思い巡らしてみましょう。