中国語で妻が夫を呼ぶときに一般的に用いられる語は「老公」です。でも、夫はそれ以外にもたくさんの呼び方で呼ばれています。
時代や地方による呼び方の違いもあるようですが、今回は昔から現代までの夫の呼び方を紹介します。
中国語で「夫」は何て呼ぶ?歴史的背景と呼び方の移り変わり
基本的な「夫」の表現とその起源
夫に対する呼び方は時代ごとに異なります。その変化に注目すると、中国社会の変化や価値観、夫婦観というものの移り変わりを知ることができます。
今回の記事を読む際にはただ夫の呼び方だけに注目するのではなく、その背景に注目するとより興味深く読んでいただけると思います。
老公の歴史的背景
そもそも「老公」(lǎo gōng)という語は「太监」(tài jiàn)を指していました。太监は宮中で仕える「宦官」(huàn guān)です。それが時代を経て、今では夫を指す語になったのです。
良人とその使用
良人(liáng rén)
この語は男女の別なく用いられていました。つまり夫は妻を呼ぶ際に、また妻が夫を呼ぶ際にそれぞれ「良人」と呼んだのです。
cóng zhèr kě yǐ kàn chū dāng shí nán nǚ dì wèi bǐ jiào píng děng de,
从 这儿 可以 看 出 当时 男女 地位 比较 平等 的,
ここからわかるように当時男女の地位は比較的平等だった。
dàn zhè zhǒng bù jiā qū bié yě gěi fū qī jiān chēng hu dài lái hěn duō bú biàn。
但 这 种 不 加 区别 也 给 夫妻 间 称呼 带 来 很 多 不 便。
とはいえ、この区別のない用法は夫婦間の呼び方にかなりの不便をもたらした。
こうした呼び方から分かるのは、古代中国では夫婦が平等であるべきという考え方が受け入れられていたということです。
郎と郎君の違いと使用
郎(láng)
「良人」の用法にこうした不便があったために新しくできた呼び方が「郎」です。紀元100~120年頃の漢時代から宋時代にかけて編纂された漢字辞典「说文解字」(shuō wén jiě zì)によると、夫を表すために「良」の右に「阝」を加えて「郎」にしたとあります。
郎君(láng jūn)
しかし良家の婦女は、家の外で夫を「郎」と単音節で呼ぶのを何となく気恥ずかしいと感じたようです。そこで語尾に「君」の語を一つ加えて複音節の語にしました。それが「郎君」です。
妻を呼ぶ際も同様に、「良」の左に「女」を加えて「娘」(niáng)にし、「子」を加えて「娘子」(niáng zi)にしました。これは当初若い女性に対して用いられましたが、のちに唐時代から宋時代にかけて妻を呼ぶ際に用いられるようになりました。
さまざまな「夫」の呼び方
ここまでは夫の呼び方の起源について紹介しましたが、ここからは様々な状況に置ける夫の呼び方について紹介します。
官人:官職にある夫の呼び方
官人(guān rén)
宋時代になると官職についた自分の夫を「官人」と呼ぶ女性たちがいました。その影響で今でも新婚夫婦の新郎を「新郎官」(xīn láng guān)、新婦を「新娘子」(xīn niáng zi)と呼ぶのです。
外人・外子:上流階級の呼び方
外人(wài rén)
外子(wài zi)
同じく宋時代には、上流階級の女性たちが自分の夫を「外人」や「外子」と呼ぶようになりました。
逆に夫は妻を「内人」(nèi rén)と呼び、人前では謙譲語として「贱内」(jiàn nèi)や「家内」(jiā nèi)を用いるようになりました。日本でも夫が妻のことを「家内」と呼ぶことがありますが、中国でもかなり早くからこうした呼び方がされていたようです。
こうした呼び方からも、この時代には普段夫は家の外にいて、妻は家の中にいるという当時の生活習慣が形成されていたことが分かります。
相公:劇中での呼び方
相公(xiàng gong)
これは京劇の中でよく用いられている呼び方ですが、劇中の時代には「相公」が夫を呼ぶ流行の呼び方だったことを表しています。
先生:尊敬と敬慕の念を込めた呼び方
先生(xiān sheng)
最も基本的な意味は日本語の用法通り「先生」(現代中国語では「老师 」(lǎo shī)ですが、そこに含まれる職業的・年齢的な尊敬と敬慕の念を込めて、夫を呼ぶ際に用いられるようになりました。
華僑や香港・台湾地域でよく使われるといわれていますが、現在の中国大陸でもよく使用されています。
「你先生」(nǐ xiān shēng)であなたの夫、「我先生」(wǒ xiān shēng)で私の夫ということになります。
この「先生」は成人男性に対してであれば、ほぼすべての人に用いることができる言葉です。日本語の感覚でいえば男性に対して名前の後につける「〜さん」のニュアンスとほぼ同じと考えてよいでしょう。
爱人:新文化運動との関連
爱人(ài ren)
1920年代の新文学作品の中で使われ始めるようになった語ですが、当初は小説や「情书」(qíng shū ;ラブレター)の中で使われる程度でした。
のちに新文化運動の気運が高まった1930年代末期から1940年代初期にかけて、知識階級の人々が夫と妻の別なく、配偶者に対する呼称として使い始めるようになりました。
というのも、妻を「屋里的」(wū lǐ de)や「做饭的」(zuò fàn de)と呼ぶのは差別的で男女平等に反するし、「先生」や「太太」(tàitai)はブルジョア的で望ましくないと考えたようです。
こうした配偶者への呼び方の変化は、男女貧富の差をなくしていこうという当時の中国社会の傾向を表すものとなっています。
しかしこの語は華僑にはあまり受け入れられませんでした。海外で「爱人」と言えば、正式な配偶者ではない日本語的な意味での「愛人」を指してしまうためです。
婉曲的な「夫」の呼び方
妻が第三者に対して自分の夫を指す場合の用法として使われる婉曲的な用法がいくつかあります。
我男人:直接的な呼び方
我男人(wǒ nán ren)
直訳すれば「私の男」ですが実際は「うちの亭主」といった感じでしょうか。直接的な呼び方ですが、どちらかというと農村地方の女性が使うようです。
我们家那口子:日常的な呼び方
我们家那口子(wǒ men jiā nà kǒu zi)
「うちの家のあの人」という言い方になりますが、これは日本人でも言いますね。
孩子他爸:子供との関係を強調した呼び方
孩子他爸(hái zi tā bà)
「子供の父親」というと何となく他人のような感じがしますね。私も中国で生活しているときに、中国人の友人たちがこの表現を用いた時に違和感を覚えたのを思い出しました。
しかし、よくよく考えてみますと、日本でも同じような呼び方で夫や妻を呼んでいることに気づかされました。こうした呼び方は、日本語でいうなら妻が夫に子供とのつながりで「お父さん」と呼ぶようなものです。
逆に夫は妻を「孩子他妈」(hái zi tā mā)と呼びます。子供が生まれることで、夫と妻はそれぞれ父親と母親になり、家庭内での役割が変わっていくことで呼び方が変わっていくわけです。そう考えると、非常にしっくりきます。
誤解が生じやすい呼び方
丈夫(zhàng fu)
この呼び方も、今の中国でとてもよく用いられている言葉です。「你丈夫」(nǐ zhàng fū)であなたの夫、「我丈夫」(wǒ zhàng fū)で私の夫ということになります。
日本人にとって注意しなければならない点として、この「丈夫」という中国は、「じょうぶ」であるという意味では決してありません。あくまで、夫であるという意味に限定されます。頑丈であるというふうにいいたい場合は、「结实」 (jiē shi)「坚固」(jiān gù)という言葉を用います。
日本語も漢字を用いる言語なので、中国語との共通点も多く、日本人にとって有利な面がとても多くあります。実際にHSKなどの中国語試験でも日本人の読解問題の点数は高い傾向にあるようです。
しかし、なまじ漢字を用いているがゆえに、このように漢字が同じでも意味が異なるものがあると、思い込みによって間違えてしまうことがありますので、注意が必要です。
先ほど挙げた「愛人」と言う漢字に関しても同じことがいえます。中国だと配偶者を表すのに用いられる言葉であるのに対し、日本語では不倫関係にある相手のことを表す言葉となっているため、誤解が生じないために注意深く使用する必要があります。
他にも日本人学習者に注意が必要な表現
「丈夫」や「愛人」の他にも注意が必要な言葉があります。
老婆:妻を指す言葉
夫ではなく妻を呼ぶ表現ではありますが、とても大切なのでここで紹介します。
「老婆」(lǎo pó)
日本語では読んで字のごとく年取ったおばあさんを表す言葉ですが、中国語では妻のことを表す言葉として一般的に用いられています。中国語で自分の妻のことを「老婆」と呼んでいることには感動的な理由があります。
この件に関する詳細は下記の記事の中で取り上げています。中国語を勉強している方には是非参考にしてほしい内容ですので、ご覧ください。
対象:結婚や恋愛などの相手を指す言葉
「対象」(duì xiàng)
中国語では結婚や恋愛などの相手を意味します。そのため妻が夫に対して用いることもできますし、夫が妻に対して用いることもできます。日本語の意味では「認識・意志・欲求のような意識・行為が向けられるもの」と定義されていますので、やはり意味はかなり異なります。
大丈夫:亭主関白を指す言葉
「大丈夫」(dà zhàng fū)
日本人の場合、「大丈夫」という漢字を見たときに、心配いらない、問題ないと言う意味に捉えますが、中国語では全く別の意味になります。
中国語の「大丈夫」と言う言葉には、「立派な男の人」「一人前の男」の意味になります。全く意味が違いますね。さらに、状況によっては「亭主関白」と言う意味合いを持つこともありますので、注意が必要です。
ちなみに本当に「大丈夫ですか?」と聞きたい場合には、「没事吗?」(méi shì ma)、「不要紧吗?」(bù yào jǐn ma)と尋ねることができます。
ここに挙げた例は、本当にごく一部に過ぎません。中国語と日本語では同じ漢字でも異なる意味を持つ単語がたくさんありますので、一つ一つの言葉の意味をしっかり確認しておくようにしましょう。
日本語と中国語で意味が同じ言葉
もちろん、漢字も意味も同じ言葉も存在しています。
「情夫」(qíng fū)
日本語では、夫以外の愛人に関して用いられる言葉ですが、中国語でも同じ意味で用いられています。
「夫」という漢字について
中国語で「丈夫」が夫を表す言葉だという事について紹介しましたが、「夫」と言う漢字を単独で用いる事はできるのでしょうか?
残念ながら、この漢字を単独で使用することはできません。ただ、他の漢字と組み合わせることでよく用いられています。
例えば「姐夫」(jiě fū)と書いた場合は「義理の兄、姉の夫」のことを指す言葉になります。
また「姑夫」(gū fū)と書いた場合は「おじ」の意味になります。
他にも「匹夫」(pǐ fū)と書いた場合は「1人の男」という意味になります。
肉体労働者に対して用いられる「夫」
さらにこの言葉は、肉体労働に従事する人たちに対してよく用いられる漢字です。
中国語 | 日本語 | ピンイン |
农夫 | 農夫 | nóng fū |
渔夫 | 漁師 | yú fū |
轿夫 | かごかき | jiào fū |
樵夫 | 木こり | qiáo fū |
船夫 | 船頭 | chuán fū |
火夫 | ボイラーマン | huǒ fū |
いずれも肉体労働をしている人たちで、「夫」という漢字が用いられています。
肉体労働者以外に対して用いられる「夫」
「夫」という漢字は肉体労働に従事している人以外にも用いられることがあります。
中国語 | 日本語 | ピンイン |
车夫 | 運転手 | chē fū |
大夫 | 医者 | dà fū |
「夫」の漢字が用いられる成語
「夫」の漢字は四字成語でも用いられています。
pǐ fū zhī yǒng
匹夫之勇
匹夫の勇
この言葉には「血気にはやるだけの向こうみずな勇気」という意味があり、三国志などの歴史ドラマやアニメなどで相手を愚弄したり、挑発するときによく用いられる言葉です。
qiān fū suǒ zhǐ
千夫所指
多くの人に後ろ指を指される
fú fù hé qiú
夫复何求
他に何を求めようというのか/これ以上何を要求するのか
この「夫复何求」は日常生活でもよく使われる言葉です。例文を挙げてみましょう。
dé qī rú cǐ, fū fù hé qiú
得妻如此,夫复何求
このような妻を得ておいて、これ以上何を要求するというのか
中国のドラマにおける「夫」の呼び方
中国の時代劇ドラマでは、時代ごとに異なる語で夫を呼んでいます。また現代劇でも話の中でわざといろんな呼び方で夫を呼ぶ場合があるので、新しい呼び名を探したり、時代に注目して比較してみると面白いかもしれませんね。
まとめ
今回は中国における夫の呼び方について紹介しました。中国の歴史は非常に長く、時代とともに夫に対する呼び方が変わってきました。その変化の理由を知ると、時代ごとの夫婦観や価値観についても理解を深めることができます。
「夫」の漢字一つとってもいろんな意味に用いられていることを知ることができました。中国社会は急速に変化しているため近いうちに夫への呼び方が変わる可能性もあります。これからも注目していきましょう。