経済が急速に進歩している中国ですが、国民の生活に問題がないわけではありません。中国人が困難に思う問題のトップに上げられるのが医療費の高さです。医療費に関する問題は、現在の中国に住む人達に多大なストレスを与えています。
医療費の高さに苦しむ中国人の実態
目次
新時代の三大問題
現代中国には国民を圧迫する三つの難題があるといわれています。中国の方たちの生活を語る上で、この三つの問題は欠かすことができません。とても大切な話なので、本論に入る前にまずこの点について説明します。
三つの難題とは
この三つの難題のことは中国語で「新时代的三座大山」(xīn shí dài de sān zuò dà shān)と呼ばれており、三つの難題とは「医療、教育、住居」に関わる問題のことです。
この三つの問題を中国語で表現すると、次のようになります。
kàn bìng nán
看病难
医療の困難
shàng xué nán
上学难
就学の困難
zhù fáng nán
住房难
住宅の困難
いずれもよく用いられる言葉なので、覚えておきましょう。すべての表現において、困難であるという意味の「难」という漢字が使われていることに注目してください。
現代の中国にはいたるところに病院があります。大きな病院もあれば小さな病院もあります。学校もいたるところに建てられています。そして都市部においては高層ビルが立ち並び、住宅もたくさんあります。
病院も学校も住居もいたるところにあるのに、それを活用するのがとても困難なのです。なぜ困難なのかというと、医療にしても教育にしても、住居にしても、費用が高額なため支払いができないのです。
こうした生活に必要な基本的なニーズを満たすことが困難であり、国民に巨大な山のようなプレッシャーがかかるゆえに「三座大山」といわれています。
そして新時代の三つの問題があるという事は、以前にも三つの難題が存在していたということです。
旧時代の三大問題
以前に掲げられていた三つの難題は、帝国主义(dì guó zhǔ yì;帝国主義 )、封建主义(fēng jiàn zhǔ yì;封建主義)、官僚资本主义(guān liáo zī běn zhǔ yì;官僚資本主義)のことを指します。
いずれも中国建国前の改革期に、解決すべき問題として掲げられていました。これらは、現代中国における「新时代的三座大山」に対して「旧时代的三座大山」(jiù shí dài de sān zuò dà shān) と呼ばれています。
中国人の医療費に対する不安
中国の福祉に不安を抱いている中国人は、よく中国国内にいる外国人にこう尋ねます。
nǐ men guó jiā de fú lì zěn me yàng
你们国家的福利怎么样?
你们(nǐ men)は「あなたたち」、国家(guó jiā)は漢字のままの意味です。福利(fú lì)は日本語でも福利厚生という言葉あるのでわかりますね。そう「福祉」という意味です。
怎么样?(zěn me yàng)は「どうですか?」と状況を聞く疑問詞です。つまり外国人が中国に行くと「キミたちの国の福祉はどれくらいいいの?」と聞かれるのです。
中国人がこう質問することによって聞きだしたいのは「各国の医療費の個人負担はどれくらいなのか?」という点です。
中国の医療制度と日本との違い
中国には国民健康保険はありません。国は基本的に医療費を負担しないため、一般国民の医療費は全額本人の負担です。
会社の医療費負担制度
中国では少し大きな会社に勤めると、日本の社会保険のように会社が医療費の一部を負担してくれる制度があります。
しかし会社によって負担してくれる額は、どんなに良くても医療費の50%、残りの50%は自分で支払わなくてはいけません。また、当然のこととして、毎月の給料から保険料が差し引かれることになります。
中国の医療保険の現状
注意すべき点として、中国ではこうした保険に加入していても、日本のように患者の希望で全国どこでも保険を適用できるわけではありません。
地域別に課される制限
自分が保険料を払っている地域以外で受診する場合は、全額自己負担が原則であり、また病院のレベルなどによって自己負担額が異なるといった特徴もあります。
現在の中国では、レベルの高い医療機関は大都市に集中しており、医療の地域間格差が大きくなっています。農村部の住民がよりレベルの高い医療を求め、都市部で受診する場合は、より多くの自己負担額を覚悟しなければなりません。
そのため、都市部に住んでいる人と、農村部に住んでいる人で医療費に大きな差が生まれることになります。都市部に住んでいるお金持ちの人は、より良い医療を受けることができます。しかし農村部の人たちは身体の調子が悪くてもお金がかかるので良い病院に行けません。
農村の方が手術を受けたいという場合、自分の家の全財産だけでなく、親戚のお金もすべてかき集めなければならないという話も耳にします。
病院のランク分け
中国の病院は等級分けされていて、等級が高いほど自己負担割合が高くなります。等級は、規模によって1~3級に分かれています。
大学病院に相当する3級が最もランクが高く、患者が3級病院に集中する現象を避けるため、等級が高くなるにつれて自己負担の割合が高くなるような設定になっています。
保険会社の医療保険の内容
中国には企业医疗保险(qǐ yè yī liáo bǎo xiǎn)といって、一定のお金を保険会社に払い、病気になったときに保険会社が医療費を負担する医療保険もあります。企业医疗保险は決して安くなく、毎月500~1000元(8000~16000円)もの額を保険会社に支払う必要があります。
ですが保障は手厚く、自分が入院することになった場合は、保険会社が8割程度の医療費を負担してくれることになっています。
中国の4大保険会社
中国には4つの大型保険会社が存在しています。
- 中国人寿(zhōng guó rén shòu)
- 平安人寿(píng ān rén shòu)
- 太平洋人寿(tài píng yáng rén shòu)
- 新華人寿(xīn huá rén shòu)
中国の都市部では、いたる所にこれらの保険会社の看板を目にします。「人寿」という文字を見かけたら、保険会社だと思って間違いないです。
こうした保険会社が提供する保険に加入しても、実は十分に安心することはできません。いざ入院となると「お客様の場合は○○なので、保険適用ができないかもしれない」と難癖をつけられて保険の適用を拒否されてしまうケースがあります。
しかし難癖をつけるのは、あわよくば医療費を負担せずに済ませたいだけで、たいていはひとモメすれば保険適用にしてもらえるようです。
自己負担にしても保険を活用するにしても、中国で医療を受けるのはとても費用が掛かることなのです。
外国の医療費負担制度との比較
外国での福祉の話を聞いて自分の国の福祉を嘆く中国の方は少なくありません。外国の福祉制度を簡単に見てみましょう。
日本の健康保険は3割負担が一般的です。しかしヨーロッパ諸国では極端に医療費負担が少なく、スウェーデン「瑞典」(ruì diǎn)では医療費がとても安く、18歳以下は無料といわれています。
こうしたケースを耳にすると、よくある反応として次のようなものがあります。
tè bié xiàn mù guó wài de fú lì
特别羡慕国外的福利。
特别(tè bié)は「とりわけ」「とっても」という程度を表す副詞です。羡慕(xiàn mù)は「羨ましい」という意味です。国外的福利(guó wài de fú lì)は漢字のまま「国外の福祉」ですね。
外国の医療費負担に対して「外国の福祉はいいから、すごく羨ましい」という思いが、多くの中国の方の頭の中にあるということです。
本当に外国の福祉が良いのか?
しかし、本当に外国の福祉はうらやむほど充実しているのでしょうか?日本やヨーロッパ諸国は確かに福祉は良いのですが、その分税金をたくさん取られます。健康保険料にしても、普通の会社員は何万円ものお金を国に徴収されます。
つまり外国は「たくさん国民からお金を徴収できるので、たくさん福祉を提供できる」というわけです。
では、中国でも同じようにしようとするとどうなるでしょうか?きっと国民の負担が増えることになるでしょう。生活の必需品、お米やお野菜、バス代は今のように安価では提供できなくなるのです。中国のこれらのものにかかる費用は、諸外国と比較してもとても安価です。
物事の良し悪しを評価するためには、多面的に考えなければなりません。上で例に挙げたスウェーデンですが、医療費は安くても、受診できるまでに何日も待たなければならないという話も聞いたことがあります。
完璧な福祉を実現させる国など存在しません。ある面に関してメリットがあるとしても、デメリットについても正しく理解したうえで総合的に判断しなければなりませんね。
他の場所を羨む傾向
人間には自分が所有している物の価値を正しく評価せずに、他の人を羨んでしまう傾向があります。日本語では「隣の芝生は青い」ということわざがあります。この言葉は「自分よりも他人がよく見える心理」のことを指して用いられます。
他人が持っているものが、自分の持っているものよりよく思えてしまう反面、自分の持っているもののよさには気が付かず、悪い面ばかり気になるという心理です。誰もがこうした心境に陥ったことがあるのではないでしょうか?
「隣の芝生は青い」の中国語
中国語にもこうした心理を言い表した言葉があります。
zhè shān wàng zhe nà shān gāo
这 山 望 着 那 山 高
(今自分がいる方の)この山から、あちらの山を見るとそれが高く見える
自分の山も決して低くないのに、向こう側に見える山の方が高く見えてしまうという人間の心理を言い表しています。
jiàn yì sī qiān
见异思迁
変わったものを見るとすぐ気移りがする,意志が弱く何をするにも移り気である。
この言葉は男女間の関係において移り気である事を指してよく用いられます。すでに結婚しているのにも関わらず、配偶者に満足せず他の異性に心を惹かれる様子を表現しています。
自分の意見をしっかりと持たず、周りに流されやすい状態に対しても用いられます。
移民を望む中国人
中国に住む人たちの中には、外国への移民を考える人も少なくありません。国連が発表した報告の中では、2022年の時点で国外に移民した中国人の数は1073万人にも達するということです。この数は世界的に見ても非常に多く、世界第3位になっているということです。
人々が移民する理由はそれぞれですが、こうした統計から外国に対する憧れが強いということが分かります。上に取り上げた福祉に関する不安も移民を後押しする原因の一つと考えてよいでしょう。
中国人が移民する国ランキング
多くの中国人が外国に移民していますが、どんな国への移民が多いのでしょうか?中国の検索エンジン「百度」に掲載されていたランキングを紹介します。
- アメリカ:218万人
- 韓国:80万人
- 日本:78万人
- カナダ:70万人
- オーストラリア:65万人
- シンガポール:42万人
- イタリア:23万人
- イギリス:21万人
- スペイン:18万人
- バングラデシュ:16万人
やはりアメリカが1番多いようです。アメリカの経済的発展と充実した教育が、多くの中国の方を引き付けるようです。また、アメリカが移民を受け入れることに関して割と寛容であることも理由として挙げられています。
日本と韓国にも多くの人が移住しています。西欧諸国に比べて距離が近く、文化的にも共通点が多いことが理由として挙げられています。
意外なのがバングラデシュで、10位にランクインしています。この国は先進国ではないため、福祉の面で十分なケアを受けられるとは思いませんが、経済的にまだ十分に発展していないこともあり、経済成長の角度から考えたときに、発展のチャンスをつかみやすいという要素が関係しているそうです。
移民が多い地域
地域によっても移民をする人の数は異なっています。中国国内の移民が多い都市は以下の通りです。
北京、上海、深セン、蘇州、天津、厦門、東莞
こうして見てみると、やはり経済の進んだ都市に住んでいる人の方が移民をしやすいというのが現状のようです。
旅行と違い移民するというのは簡単なことではありません。十分な資金が必要ですし、複雑な手続きを経なければなりません。そうした背景もあり、都市部に住んでいる人の方が移民しやすいということでしょう。
まとめ
今回は中国の医療事情に関して紹介しました。中国で医療を受けること関しては数々の困難が伴います。
しかしどの場所においても医療に関する問題は存在します。この記事の趣旨は是非を問うことではありません。あくまで医療に関する中国の現状と、福祉に関する中国の方たちの考え方を理解していただきたいと思い執筆しております。
この記事を通して、中国に関する理解を深めていただければ幸いです。